【はじめて住んだ東京のまち・阿佐ヶ谷】 甲斐みのり 【Woman.CHINTAI】
 
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【はじめて住んだ東京のまち・阿佐ヶ谷】 甲斐みのり

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スターロード商店会
JR阿佐ヶ谷駅北口駅前スターロード商店会の看板

25歳の夏。編集者の都築響一さんに、京都の住まいを取材・撮影していただいたことがあった。「これからどんなことがしていきたいの?」都築さんの問いへの答えは「本を作る仕事に携わりたいです。とはいえ、どうしたらいいのか全く先が見えませんが」。

「それなら東京に出て来なよ。本を作りたいという思いがあって、どうにもならなかった人を知らない。思いがあれば、なんとかなるから」。都築さんの言葉は、迷いの中に差した一筋の光だった。そうしてその一月後、私は東京で新たな生活を始めていた。

昨年の末、17年ぶりにお会いする都築さんに「上京のきっかけは都築さんの言葉でした」とお話すると、「え~、随分いい加減なことを言っていたんだなあ」と笑っておられた。

私の背中を押したのは「どうにかなる」以上に、「思いがあれば」という言葉。都築さんが部屋から帰ったあと、「このままでいい?」「どうするの?」「本当に本が好き?」「本を作りたい?」「まず何をしてみる?」散々自問した先には、「東京で本を作る」それしかなかった。

東京で暮らすのならば吉祥寺がいい。そう思い、物件探しのため向かったのは、吉祥寺駅。駅前の不動産屋で希望の家賃や間取りを伝え、吉祥寺駅から徒歩20分以上の物件をいくつか見て回るも、理想の物件に巡り合えず。そうして最後に提案されたのが、1階と2階を別々に貸す、阿佐ヶ谷の古い一軒家。内見のため初めて阿佐ヶ谷駅に降り立つと、光と葉が絡む中杉通りのケヤキの緑が、こんもり眩しく視界を包む。

どら焼きが名物の老舗の和菓子屋。本でできた洞穴のような古本屋。寺山修司にゆかりのある大病院。小さな豆腐屋や昔ながらの銭湯。なんでもない風景が、輝いて見える。

「阿佐ヶ谷は昭和のある時期、阿佐ヶ谷文士村と呼ばれていたことがあったそうですよ。このあたりは、作家や漫画家、お笑い芸人もたくさん住んでいるようです」不動産屋さんの説明に耳を傾けながら、家を見る前にもかかわらず、この町に住もうと心はすでに決まっていた。

「冨士ランチ」
かつて阿佐ヶ谷駅北口にあった「冨士ランチ」

阿佐ヶ谷で修行のようにもの書きの仕事を始めた当初、生活する上では決して豊かではなかったけれど、自分が選んだ道を確実に進んでいる実感があった。

ブランコ席のある喫茶店の一杯数百円のコーヒーで満たされるひととき。古本屋の100円コーナーで宝のような本を見つけた日は悩ましさ全てが帳消しされる。雨の日は濡れずに長く続くアーケードの商店街を歩く。散歩道の途中に現れる釣り堀。大してお酒も飲めないのに行きつけの居酒屋ができた。

賑やかで派手やかな観光名所以上に、それこそが、富士山の麓で過ごした子どもの頃から憧れ続けた、私が望む“東京”だった。

写真:鍵岡 龍門
執筆:甲斐 みのり
エッセイスト。旅、散歩、お菓子、地元パン、手みやげ、クラシック建築などを主な題材に、書籍や雑誌に執筆。自治体の観光案内パンフレットも手がける。著書は『乙女の東京』『東京でお酒を飲むならば』『東京建築 みる・あるく・かたる』など多数。

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※この記事は、2019年11月までおでかけメディア「haletto(ハレット)」で掲載されていた内容を、公式に転載したものです。

※金額など掲載されている情報は記事公開時点のものです。変更されている場合がありますのでご利用の際は事前にご確認ください。

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